話の束

本業のかたわら、たまに本も書いています。それとは別で、きままにエッセイとか小説とか、ぽろぽろと書いてみたいと思いました。

水の音と月を探していた

水の音を聴こうと歩き始めた。

夕暮れ時。会社を降りて進んだ先には川が流れている。

欄干にたどり着いたが、音は消えていた。

流れるように走る車の響きと、定期的に変わる信号の歩行者誘導の音とが響いていて、川はただ暗くあるだけだった。

じゃあ、と思い立って北へ向かった。ほとんど人が歩かない橋を二つ超え、左手に工場群を見下ろすと、桟橋にでた。

車たちの音から逃れようと橋の横を折れて海べりの遊歩道へ向かう。

す、と音が薄れていく。

流れるヘッドライトに慣れた目が暗さを余計に感じさせる。

ちゃぷり、と水の音がした。

河口近くでひかえめに打ち寄せる波が、砕けた廃材をゆらしている。

見下ろす目が暗さに慣れてきて、ゆれる水面に返す光がはかなくうつるようになる。

そうして僕は空を見上げた。

中秋をすぎたばかりの薄墨の空に、ずいぶんとほこらしげに出ている月。

とりあえず波止めに腰をおろし、タバコに火をつけた。

それから僕はまた、来た道を戻った。