話の束

本業のかたわら、たまに本も書いています。それとは別で、きままにエッセイとか小説とか、ぽろぽろと書いてみたいと思いました。

初めて行った街は懐かしい感じがした

遠い街への出張が多かった。

けれどもそろそろ50にもなるので、少しは後進に道を譲って、出張を減らそうと思っていた。

そんなとき、西日本のある街への出張の依頼があった。

 

行ったことのないその街の名は、懐かしい友人の故郷だった。

僕は二つ返事で出張を引き受けた。

 

日曜日に前泊するために、少し遅い時間に移動した。

少し前にあった災害で、手前の駅で電車が止まっているということだった。だからそこで下りてタクシーを使う予定にしていた。

けれども、乗り合わせた人たちが下りる様子がない。

尋ねてみると、今日から復旧したとのことだった。

そして数分後、僕はその街に下りた。

 

出張の間、僕は街の様子をずっと眺めていた。

朝、車で移動するときには、たくさんの学生たちが自転車で登校していた。

夕方、仕事を終えて歩いていると、買い物をする女性や、並んで歩く老夫婦、にぎやかに走る子どもたちがいた。

 

街の写真は2枚だけ撮った。

街の名前を入れて、2枚。

 

出張を終えて僕は今、また電車に乗っている。

懐かしい友が生まれ育った街を思い返しながら。

ああ、あの街で彼女は育ったのだなぁ、と思い返しながら。

 

彼女と僕は仲が良かった。

でもそれは男女としてではなく、本当に友だちとしてだった。

先輩や同級生は彼女を口説こうをすることが多かったけれど、なぜか僕にはその気が起きなかった。

二人で酒を飲んだりして、帰れなくなって泊めてもらったこともあった。

友だちとして話し込み、目覚めた朝には礼を言った。

快活な褐色の笑顔が心地よかった。

 

学校を卒業してからも何度か会うことはあった。

けれどもやがて自然と疎遠となった。

共通の友人を通じて、結婚したことを聞いたときには、僕ももう結婚していた。

同窓の集まりに顔を出してくることはなかったけれど、子どもが3人生まれたとか、自然の豊かな山の方に引っ越したらしいとかの話は聞いていた。

 

最後に聞いたのは去年だ。

ご主人がSNSを通じて、同窓会の幹事に連絡をくれた。

乳がんで亡くなったとのことだった。

そのことを伝え聞いて、僕はなぜか彼女が生まれ育った街の名前を思い出した。

そしていつか行かなければいけない、と感じた。

 

そうして訪れた街は、初めてなのにとても懐かしい街だった。