話の束

本業のかたわら、たまに本も書いています。それとは別で、きままにエッセイとか小説とか、ぽろぽろと書いてみたいと思いました。

マイナちゃんとおさかな

 その赤ん坊がいつのまにかしゃべるようになった。

 なんでも、妻が洗濯をしているとほぼ確実にやってくるらしい。

「おねーちゃん!おねーちゃん!」

 そう叫びながらベランダの間仕切の向こうから顔を出してくるという。

「どうしたのマイナちゃん?」

「おねーちゃん!あそんで!」

 間仕切越しに遊ぶわけにもいかないと思うし、妻は洗濯物を干している最中なのだ。ほっとくとシャツが固まってしまう。固まってしまったシャツは着心地が悪いので早く干さなければいけないのだ。

「マイナちゃん、おねーちゃんはお仕事してるの。だからマイナちゃんはお母さんと遊ぶといいと思うなー。」

「お母さんお昼寝!」

「あらあら、じゃあマイナちゃんもお昼寝したらいいと思うなー」

「マイナ眠くない!」

「じゃあマイナちゃん、お魚と遊んでらっしゃいー」

「お魚って遊ぶの?」

 にっこり笑うと妻は、魚の形をしたせんたくばさみを取りだし、マイナちゃんに手渡した。青や赤や緑のカラフルな洗濯ばさみである。ちなみに私がイタリア出張の時に買ってきたもので、マイナちゃんにあげるためのものではない。

「このお魚さんがねーマイナちゃんと遊びたい!って言ってるの。マイナちゃん、遊んでくれる?」

 しげしげと洗濯バサミをみつめるマイナちゃん。

「このお魚、しゃべるの?」

「そうよ。マイナちゃんが心をこめて遊んであげたらしゃべってくれるよ。」

「じゃあ、お魚さんと遊ぶ!」

 妻はとりあえずその洗濯バサミを3つほど渡したらしい。それからしばらくマイナちゃんは来なくなったそうだ。よく考えるとうちの妻もひどいやつである。