話の束

本業のかたわら、たまに本も書いています。それとは別で、きままにエッセイとか小説とか、ぽろぽろと書いてみたいと思いました。

マイナちゃんとわんわん

 ある日私は、仕事が早く終わったため、6時くらいにマンションに戻ることがあった。するとたまたまだが、隣の奥さんとマイナちゃんとエレベーターで一緒になった。奥さんは大きなダンボールのような箱を抱えている。

「こんにちは。」

 少し無愛想な私。別に無愛想にしたいわけではないけれど、よその奥さんに笑顔であいさつするのも気がひける。

 それに対して、ありきたりの会釈を返す奥さん。まあそんなものだ。私もうちの妻がよそで満面の笑顔を見せてたりなんかするのはいやだ。ちなみにマイナちゃんは私には興味がないらしい。お母さんとだけ話している。

 少しさびしくなったので、マイナちゃんに声をかけた。

「マイナちゃん、お魚元気?」

 マイナちゃんは私にふりむき答えてくれた。

「マイナのわんわん!」

 指は奥さんが抱えているダンボールを指している。この子と会話がなりたたないと判断したのはこの時が最初だった。

 しかしちょっと待て。

 わんわん?

 奥さんの顔をみるとひきつっているのがあきらかにわかる。うちのマンションはペット禁止なのだ。こないだもそれで住民の間でもめた。まあ、もめるくらいだから、何割かの家はペットを飼っているということだ。

 そういえばマンション内アンケートの結果を見たが、いろんなペットがいるらしい。さすがに大型犬はいなかったが、ペットのアンケートに金魚と答えた家もあった。金魚は果たしてペットなのだろうか?

 話がそれた。

 ペットは嫌いな性質ではないが、隣の部屋にいるとなれば話は違う。これは問い詰めねば。そう思い、マイナちゃんに尋ねた。

「わんわんのお名前は?」

 なぜかそんな問いをしてしまった。

「くーちゃん!」

 満面の笑みである。

 私は、会話がなりたったので少し嬉しかった。

「静かにさせますのでよろしいでしょうか?」

 隣の奥さんがおずおずと尋ねてきた。

「まあ放し飼いはやめてくださいね。」

 無愛想に答える私。

「くーちゃんと寝るの!」

 どうもマイナちゃんは人の話を聞かないらしい。

「くーちゃんは女の子?男の子?」

 笑顔(になっているであろう表情で)でたずねる私。

「男の子!」

「じゃあマイナちゃんはおねえちゃんだね。」

「違うよ!マイナはお父さん!」

 また良くわからなくなった。

 そうこうしているとエレベーターが到着してしまった。

「じゃ、どうも。」

 そそくさと出て行く隣の奥さん。

 無愛想に会釈する私。

 マイナちゃんネタで妻に一歩先んじて嬉しかった私は、不気味に微笑んでしまっていたかもしれない。