話の束

本業のかたわら、たまに本も書いています。それとは別で、きままにエッセイとか小説とか、ぽろぽろと書いてみたいと思いました。

東京は仮住まいのにおいがしすぎる

仕事柄、東京へやってくる。だいたい週に1回程度。

その都度、裏通りを歩く。

 

僕の仕事が一段落するのはたいてい夜半過ぎだ。

となれば遅い夕食の場所も限られてくる。

そうしてたどり着いた店には、いつもきまって同じような人たちがいる。

ぎりぎりまで話し合いたい女性客たち。

もう終わってしまっているカップル。

そんな人たちに挟まれて、僕は一人で遅い夕食をとる。

 

僕が常宿にしているのは、六本木よりは麻布。

新橋側よりも京橋寄りの銀座。

そのあたりの、比較的安いホテルだ。

麻布というと高いホテルをイメージするかもしれないけれど、たとえば今日の宿泊は5900円。そんなホテルだって麻布にはある。

銀座はそれよりも少しは高いけれど、予約タイミングを間違えなければ1万円以下で泊まれる。

そうして僕は、夜半を過ぎて、胃袋を満たすために裏通りを歩く。

今日は麻布だけれど、「山忠」に行くには時間が遅すぎて、「こま」へ向かった。

洒落た街並みには似合わない古びた居酒屋だ。食べログでは点数が高いようだ。

けれども点数に騙されてきたカップルが顔をしかめるのを何度も見た。

 

僕は瓶ビールからはじめる。

幸か不幸か親にもらった肝臓がつよい。だからビールを口湿しに、焼酎をロックで頼む。そうして、ビールを和らぎ水代わりにする。それがいつもの僕のやり方だ。

定番のポテサラ。

それにいぶりがっこ。つけあわせのマスカルポーネチーズは、あうのかあわないのかよくわからない。

串焼きを頼みながら、もらいものの文庫を開く。シャトゥーンだ。人が生きながら食われるシーンに描写のうまさを感じる。でもとりあえず肉の注文はひかえたくなる。

 

そうして僕一人だけになってから、店をあとにする。

 

僕が歩くのはいつも夜だ。

それも裏通りばかりだ。

華やかな店が何もない、マンションが並んだ細い道を歩く。麻布のマンションは、どこも外に洗濯物を干していない。道を歩くよいどれもいない。隠れ家のようなダイニングがところどころにあって、ランチ時にはがらがらなくせに、夜だけはいっぱいになっている。こういう店にはまた違う客たちがいるのだろう。

さっきまで読んでいた文庫をポケットに、僕は歩く。

 

大きなマンションや、細いアパートを見上げながら歩き、そうして気づいた。

 

これは仮住まいなんだなぁ、と。

 

ここに住んでいる彼ら、彼女らはきっと、20年後にはここにいない。

それは賃貸の更新年とも関係するのだろう。

でも、それだけではない理由があるのだろう。

定住するには、東京の街は物語を求めすぎる。

そして人は、過去の自分の物語に耐えられなくなる。

そうして、別のところへ移り住むのだろう。

 

東京は、仮住まいの街だ。

そして、多の人が肩を張って生きている。

誰しもきっと定住がしたい。

今住んでいるここを自分の街にしたい。

そう思いながら、やがて別の街へ移り住む。

 

やがてたどりつく街には、積み上げてきた物語がない。

そこで暮らす人々は、どんな思いで生きるのだろう。

東京じゃない地方に住む僕は、物語のない東京の夜がさびしくて、だから光を避けて歩くのかもしれない。